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福田美術館 「竹久夢二のすべて 画家は詩人でデザイナー」

色白、小顔、八頭身に愁いを帯びた大きな瞳が特徴の「夢二式美人」は、竹久夢二の名前を知らない方でも、ポスターなどで見たその絵画が印象に残っているのではないでしょうか。そのはんなりとした美しさから京都と夢二の作品はとても相性が良いように思います。嵐山の渡月橋から西へ徒歩約2分の福田美術館で、竹久夢二が2024年に生誕140年、没後90年を迎えることを記念した回顧展が行われています。優しい色合いと少女漫画の源流とも言える夢二式美人の絵画が子どもの頃から大好きだった私は、さっそくその世界を堪能しに出かけました。

 

福田美術館の場所

https://g.page/fukudaartmuseum?share

 

 

福田美術館の行き方

JR山陰本線(嵯峨野線

  「嵯峨嵐山駅」下車 徒歩12分

阪急嵐山線

  「嵐山駅」下車 徒歩11分

嵐電京福電気鉄道

   「嵐山駅」下車 徒歩4分

 

京福電鉄嵐山駅から福田美術館への行き方は以下でご紹介しています。

www.yomurashamrock.me

 

福田美術館は嵐山の渡月橋から西へ200m弱、徒歩3分ほどです。

周囲の景観に溶け込む京町屋のエッセンスを踏まえつつモダンなデザインの外観です。

 

さっそく入って行きましょう。

 

 

竹久夢二のすべて 画家は詩人でデザイナー」展

福田美術館が所蔵する夢二の作品は、夢二と直接親交があった故・河村幸次郎氏(下関市立美術館名誉館長)が収集した「旧河村コレクション」と呼ばれるものです。

誰にも師事せず、独力で人気画家の地位を築いた夢二ですが、その人生は必ずしも順風満帆ではありませんでした。本展はそんな夢二の人生をたどりながら、一世を風靡した美人画の数々に加え、雑誌の挿絵、楽譜の表紙デザイン、本の装丁や俳句・作詞にいたるまで、多彩な才能を発揮したマルチクリエイターとしての夢二の魅力が詰まった作品を鑑賞出来ます。(2023年10月9日まで開催)

階段を上がり二階のGALLERY1へ向かいます。

 

夢二式美人の魅力

夢二が描く女性像に憧れ、似たような装いをする女性も出現したと言われる「夢二式美人」は、年齢も職業も様々ながら、色白、小顔、八頭身で愁いを帯びた大きな瞳が印象的で、今見てもとても魅力的です。おそらく夢二好みの女性たちなのでしょう。夢二のやわらかな筆さばきは、彼女たちのありのままの魅力を描き出しました。このGALLERRY1に入ると、夢二好みの美人に囲まれている気分になります。

 

「青い衣の女」(右)は白い馬が描かれた火鉢(灰を入れて炭を起こし、抱えて伝わる熱で暖を取るもの)の赤い色と、手を組んで寄りかかる女性の着物の緑色の対比が美しく、小首を傾げて微笑む様子が、この絵を描いている夢二への親しみと媚を感じさせます。

「鴨東舞姫」(左)は「鴨東」とは鴨川の東つまり祇園を指します。緋色の着物に牡丹模様の紺地の帯が美しい祇園の舞妓の、左肩越しに振り返るしぐさは当時夢二が好んで繰り返し描いた姿。舞の途中なのか、出番を待っているのか、少し固い表情に花街で生きる女性の凛とした佇まいが感じられます。

 

 

「爪切り」は、肌襦袢姿で爪を切る女性がふと物思いにふける場面を描いています。

普通なら人に見せる姿ではないものを夢二には見せている、そんな二人の親密な関係が伺えます。絵の上には「過去のことを人に知られてはいけない。寄り添わないのがこの世の常」という意味深な言葉が添えられています。

夢二は恋多き人としても有名なので、この絵にはどんな背景があったのか気になりますね。

 

夢二の愛した女性たち

恋多き画家として知られる夢二には、その妻や恋人として有名な女性が三人います。それが岸たまき、笠井彦乃、お葉です。

一人目は夢二式美人の基礎となったと言われ、唯一妻として籍を入れた妻・岸たまき。

「木によれる女」は岸たまきに似た面持ちの女性が木のそばに佇む姿を描いています。愁いを含んだ大きな瞳を持つ夢二式美人の原点が見られる作品だそうです。

しとやかな女性のように見えますが、たまきは夢二の二歳年上で、現実的な考え方の持ち主。夢見がちな夢二とは喧嘩が絶えず結婚二年後には離婚しています。しかし、その後も二人の縁は続き、同居と別居を繰り返しながら結婚期間中も含め三人の子を授かります。

 

 

 

二人目は笠井彦乃です。夢二にとって彦乃は最愛の忘れられない恋人でした。日本橋で雑貨店を構えていた夢二と恋に落ちますが、親の反対で結婚できないまま、25歳の若さで病死してしまいます。彦乃に先立たれた夢二の落胆は大きく、「自分も死んでしまった」と考えていたといいます。

夢二が彦乃の死を受けて描いたのが『青春賦』です。ルオーやムンクを思わせる油彩画は、一見夢二の絵とはわからない異色作。描かれた男性は夢二、女性は彦乃と言われており、間には植物のように土から生える手が描かれています。夢二にとって手は美を象徴する部位。また夢二は常に聖書を持ち歩くほどの敬虔なクリスチャンでもあり、キリスト教でも手は祈りを示すモチーフとされていることから、その意味もあったようです。

 

 

彦乃との別れに落胆した夢二を心配した友人たちが、絵のモデルとして紹介したのがお葉です。夢二がお葉に出した情熱的なラブレターが展示されていました。しかし、この時お葉はまだ15,16歳、夢二は20歳も年上でした。お葉はその後夢二の専属モデル兼パートナーとして関係をつづけましたが、彦乃を忘れられない夢二の様子に苦しみ、別れを選択することになりました。死後、こんな風にラブレターをみんなの前で展示されるとは、夢二もお葉も想像していなかったでしょうね…

 

夢二は様々な女性遍歴を通して、夢二式美人創作のインスピレーションも得ていたのでしょうか。女性にだらしないというイメージもある夢二ですが、その一方でとても繊細な心の持ち主でもあり、多くの女性を傷つけたことを悔やむ気持ちもあったようです。実際、三十代のころには、京都の教会で罪を懺悔したというエピソードも残っているとか。夢二式美人の愁いに満ちた瞳には、そんな夢二の心が反映されているのかもしれません。

 

憧れと現実 ~絵でたどる夢二の人生

続いてGALLAERY2へ。こちらの目玉となる展示の一つは、壁一面にずらりと並んだ代表作『長崎十二景』『女十題』です。

 

『長崎十二景』は、異国情緒あふれる長崎の街並みや風俗と共に様々な女性が描かれています。どれもいにしえの古き良き長崎を思わせる映画のような作品です。

眼鏡橋」は、日本初のアーチ型石橋で、川面に映る姿がメガネに見えることからその名が広まった長崎の名所の一つ。こちらを振り向く紗の薄い単衣を身につけた女性を、やや上から見下ろす構図は、隣を歩く夢二の視線を共有しているかのようです。

 

 

「青い酒」は、紫の着物に、黒の帯を締めたモダンな女性が、青い酒「キュラソー(オレンジのリキュール)」を嗜む様子を描いています。女性の着物の色合いや大きなタンポポの柄、テーブルクロスの木の葉の柄、奥に描かれた灯りも異国情緒たっぷりで今見てもとてもおしゃれ。夢二のセンスの良さを感じます。

 

 

『女十題』は夢二式美人の集大成ともいえる作品で、その名の通り情緒豊かな様々な表情の女性が十人並んでいます。描かれた女性たちはそれぞれ個性的で、どんな人なのかその背景も知りたくなってきます。

「朝の光へ」は、頬杖をつき、ぼうっと遠くを見つめる女性。朝日が差し込む窓際で、どんな物思いにふけっているのでしょうか。ウエーブをかけた髪で耳を隠すようにまとめる「耳隠し」や、垂れ下がるように引く細い眉の形は、大正時代に洋装のトレンドを取り入れた「モダンガール」が好んだ装いだそうです。葡萄のような髪飾りも素敵ですし、黒い着物に赤い帯の色合わせもおしゃれですよね。

 

 

「逢状(おうじょう)」は、真っ赤な長襦袢を着て、懐手をした遊女が巻紙を手に「あら」という表情で微笑む様子を描いています。どんな手紙なのか、遊女と手紙の主との関係は…?と色々想像が膨らみますね。「逢状」とは貸席から芸妓へ、なじみの客が来たことを知らせるための手紙。お座敷の日常を、足しげく通った夢二ならではの観察眼を活かして表現しています。




旅好きだった夢二は日本各地を訪れ、各地で取材を行う傍ら、現地で展覧会も開催していました。晩年はハワイやアメリカ、ヨーロッパなども旅しています。夢二が生涯に訪れた場所や作品のモチーフとなった町をまとめたパネルも展示されています。

京都も夢二が好きだった町で、一時は別荘を構えていたそうです。

 

小説も書く挿絵画家

文才にも恵まれていた夢二は、詩や俳句に加え小説も手掛けていました。雑誌の短編小説や、新聞の連載小説を執筆し、多くの挿絵を残しています。

 

「秘薬紫雪」は、新聞に連載された小説で、若くして亡くなった女性を薬で生き返らせてもう一度恋人になろうとする物語。女性のモデルは夢二の最愛の人・彦乃で、彼女を喪った実体験が多いに反映されていると言われています。この絵に描かれた舞妓は小説には登場しないそうです。物語の背景となった日本海の湿気を含んだ重みのある雪が降りしきる金沢の夜を思わせるほの暗い中に、夢二特有の儚げで哀感の漂う女性が幻想的に浮かび上がっていて、ドラマチックな物語の雰囲気を伝えているようです。

 

 

夢二と音楽

夢二は音楽への造詣も深く、楽譜の表紙を数多くデザインしました。「中山晋平作曲全集」や「セノオ楽譜」の表紙のデザインは今見てもカラフルで印象的です。

こんなおしゃれな表紙の楽譜があったら、眺めているだけでも楽しくて、練習にも気合が入りそうですね。

中山晋平曲「童謡小曲」第15集 原画

 

セノオ楽譜表紙原画(No.333,460)

 

デザイナー夢二 ~「カワイイ」の元祖

大正3年(1914)夢二は自らデザインした日用雑貨を販売する「港屋絵草紙店」を立ち上げ、店は若い女性客を中心に連日賑わっていたそうです。少女雑誌の表紙原画や千代紙、封筒や便箋、装丁本などが展示されていました。現代の私たちも大好きな「カワイイ」デザインの元祖とも呼べる作品たちです。

 

「春娘図」は7羽の蝶が舞い、タンポポが咲き乱れる草原に座る、あどけない少女が描かれています。緑の草原に水玉模様のピンクのドレス、花モチーフで飾られた麦わら帽子におさげにつけた青いリボン、どれも女心をくすぐる「カワイイ」が満載で、見る人をハッピーな気持ちにさせる作品ですね。

 

 

「初春」は『婦人グラフ』の1926年1月号の表紙を飾ったもの。新春にふさわしい着物の梅模様や背景の梅がとても華やかでカワイイですね。国内外の最先端のファッションやニュースを紹介した「婦人グラフ」は色刷りの木版画やカラー写真を貼り込むという贅沢な紙面で話題を呼びました。夢二はこの雑誌に表紙絵や挿絵、更には小説も提供しており、彼の描くモダンなファッションの女性は、当時の女性から絶大な人気を得ていたそうです。こんな雑誌が売っていたら、今でも買いに行きたいなあ!

 

千代紙のデザインも夢二が手掛けるとこんなにおしゃれです。当時としては斬新すぎたそうですが、こんなおしゃれな千代紙があったら、何に使おうか考えるだけでも楽しくなりますし、かわいすぎてもったいないので、結局はずっと大事にしまっておきそうな気もします。

右「藤の花」 中「マッチ棒」 左「十字架や花の散らし絵」

 

夢二のまなざし

最後は3階奥にあるPANORAMA GALLERRY3です。

このギャラリーでは、夢二の貴重なスケッチ画を展示。独学で絵の道に進んだ夢二にとって、作画の基本となったのはスケッチでした。常にスケッチブックを手に携え、メモ代わりに筆を走らせていたそうです。夢二は何を見て、何にインスピレーションを受けたのか。豊かな創作意欲の源泉をスケッチから追体験できます。

 

美術館でスケッチ画が展示されていると「あ~スケッチ画か。下書きみたいなものよね」とあまりしっかり見ずに通り過ぎそうですが、こちらでの展示は美しい紫色のパネルの中にスケッチ画が納められていて、絵にとても集中できる仕掛けがありました。

サラッと筆を走らせただけの作品でも、夢二が何に関心を寄せたのかうかがい知ることが出来る興味深い作品の数々でした。

右「芸妓」 左「読書」

 

 

 

館内には夢二に関する書籍や、夢二の作品をモチーフにした文房具やアクセサリー、雑貨などの関連グッズも販売されていました。どれも夢二の世界観のエッセンスが詰まった魅力的なグッズでした。

 

竹久夢二というと、愁いを帯びた夢二式美人をイメージする方が大半かと思いますが、それ以外にも可愛らしい子どもを描いた童画やカラフルでグラフィカルなデザインの表紙絵や文具、小説の挿絵など、本当に多方面で才能を発揮したマルチクリエイターであることがよくわかる美術展でした。大正時代から100年を経た現在でも色あせることなく人を惹きつける、夢二のすぐれたセンスを多いに感じられることでしょう。また、日本国内だけでなく外国も旅しながらの恋多き人生も、創作の糧となり、夢二式美人に大きな影響を与えたことを追体験できる興味深い展示の数々でした。

 

今回は写真を撮りませんでしたが、福田美術館の来館者のみ入店が可能なカフェもあり、そちらからの渡月橋の眺めは他では見られない絶景です。

福田美術館では、竹久夢二展の後にも素晴らしい日本画の特別展が次々予定されていますので、嵯峨嵐山観光の目的地の一つに加えてみてはいかがでしょうか。

 

 

 

嵯峨嵐山周辺にはたくさんのおすすめスポットがあります。

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