京都おすすめ散歩道

定番から穴場まで京都のお散歩コースを地元民の視点からご紹介

京都御苑 拾翠亭 ~公家の美意識が垣間見える茶室や庭園

京都御苑の南の端に、五摂家の一つであった九条家の現存する唯一の建物で、江戸時代後期に建てられた瀟洒な茶室(拾翠亭)と緑豊かな庭園があります。梅雨空の中、雨に濡れ風情ある景観を静かに楽しめるこのスポットを訪ねてみましたので、ご紹介します。

 

 

拾翠亭の場所

maps.app.goo.gl

 

拾翠亭の行き方

電車で

 ・京都市営地下鉄丸太町駅」下車 徒歩3分

 ・京阪電鉄神宮丸太町駅」下車 徒歩10分

 

バスで

 ・京都市バス10、51、65、93、202、204系統「烏丸丸太町」下車 徒歩3分

 

 

地下鉄丸太町駅から拾翠亭へ

今回のスタートは地下鉄「丸太町駅」です。

北改札を出て、右手へ向かいます。

 

コンビニの右手にある出口1へ向かい、階段を上がります。

 

階段を上がり、出口1を出ると、丸太町通に面した市バスの停留所があります。停留所を通り越し、丸太町通を東へ向かいます。

 

100mほど東へ進むと京都御御苑の間之町口がありますので、こちらから入ります。

 

間之町口を入ると、すぐ右手に拾翠亭があります。

 

足元の小さい案内にある通り、公開は木、金、土曜日と葵祭時代祭となっておりますので、訪問の際はお気をつけください。案内板の後ろの小径を奥へと入って行きます。

 

 

拾翠亭とは

拾翠亭(しゅうすいてい)は、約200年前の江戸時代後期に建てられたと伝えられています。当時の五摂家の一つであった九条家の別邸として使用されたもので、主として茶会や歌会等の社交の場として利用されました。

数寄屋風の書院造りで二層からなり、屋根の頂には一対の鯱とその下に九条家の家紋を象った鬼瓦が飾りとして置かれています。

鯱の下の鬼瓦が写っていないかな?と探していたら、写真を撮った時は気づかなかったのですが、鯱の横にサギ?も止まっていました。

二層の外周りには縁高欄(えんこうらん)と言われる手すりが施されており、また、屋根の形は入母屋造で瓦葺と一部が杮葺が組み合わされ、簡素な中にも貴族的な優美な外観を呈しています。上の写真を見ると、屋根の上の方は瓦葺で下の色の濃い所が杮葺で、木の薄板を幾重にも重ねてあります。

 

九條家は藤原鎌足を遠祖とする藤原北家の流れを汲み、多くの摂政関白の要職を輩出した名家。豊臣秀吉の都市計画により、御所の南の現在地あたりに移されました。当時の九條家の敷地は約35,300㎡で建物も最盛時には12,500㎡にありましたが、明治の初めにそのほとんどが移築、取り壊しとなり、130㎡余りの拾翠亭のみが残されました。

「拾翠」とは緑の草花を拾い集めるという意味があり、平安貴族が春に野辺に出て、草花を摘んで楽しんだ習わしに因んで名づけられました。また、翠という字はみどりの美しい鳥のカワセミという意味があり、かつてこの地に数多くのカワセミが飛来してことから「拾翠」と名付けられたとも言われます。

 

では、さっそく中へ入っていきましょう。

こちらが入口です。

敷地内はすっきりと美しく整えられています。

 

玄関を入って参観料300円を納めて建物内を見る形なので、周囲の庭園だけなら無料で散策することが出来るようです。

 

一階は主として十畳の広間の茶室と七畳半の控の間、更に広間の北側の三畳中板の小間からなります。

 

控えの間

玄関から上がってすぐ左手にあるのが控えの間です。広間に席入りする場合の控えの間となり、写真左側の襖を外せば広間と合わせて17畳ほどの広さとなります。広さの伸縮を可能にし、室の機能をより充実させる重要な空間です。

 

広間

控えの間の北側にある、一階の主室が広間です。

池に面して広縁を設け、寝殿造の趣を残しています。室内は十畳の広さがあり、畳敷で床の間がある書院造になっています。

 

広縁から九條池を眺めたところです。池には小舟が浮かんでおり、優美な景色です。

 

西側北寄りに幅一間の床があり、炉が四畳半切りに切られて、茶室としても使われます。


小間

広間の北側に位置する部屋です。広間の広縁の突き当りから奥へ入ると小間があります。

小間はその名の通りとても小さく、また部屋の奥までは入れないので、全体の写真が撮れませんでした。

 

上の写真の左側から小間の奥を覗き込んだ写真です。

手前座(写真左)に一枚、客座(写真右)に二枚の畳を敷き、その間に幅一尺五寸あまりの板を入れて炉を切っていることから、三畳中板の席といいます

広間と小間が隣接しているということは、公家がこの二つの茶室を行き来しながら茶事を楽しんでいたことを表し、貴族の茶事の習わしを知る上で貴重なものです。

 

では、二階へ上がりましょう。

 

二階座敷

階段を上がると、二間半四方のゆったりとした座敷があります。

 

南西隅に踏込床を構えています。踏込床とは、床框を設けずに床地板と畳が同じレベルになったものです。畳と床地板の間に高低差が無いので、部屋がすっきり開放的になり、簡素でくだけた印象になります。床柱は皮付丸太、落掛(おとしがけ:床の間上部の小壁を受け止める横木)は湾曲した雑木を使い、床脇には天袋を吊ってその下に書院風の中敷居窓を開けています。一階広間よりさらにくだけた自由な造形の床です。

 

九條池とその周辺

外回りは北、東、南の三方に縁高欄がめぐらされています。見晴らしを計算した設計で、眼下には厳島神社や高倉橋が望まれます。東の彼方には借景として東山の大文字山が取り入れられています。写真右奥の赤い矢印の先が東山と思われます。昔はこんなに木が生い茂っていなかったので、東山がもっとよく見えたのだと思います。

広縁の前に広がる庭は、九條池を中心とした庭園になっています。池は東西約90m南北約60mで、江戸時代後期の築造と考えられています。西寄りに厳島神社を祀り、この神社は九條家の鎮守社です。



中央に架かる立派な反り橋は明治15年に竣工し、高倉橋と呼ばれます。

 

橋から東方池辺に築山があり、ここに滝組を設けています。



 

障子(石垣貼りと丁子七宝)

障子の貼り方にも趣きがあります。紙の継ぎ目は縦桟の間隔を二分の一ずつずらした石垣貼りという貼り方は、高度な技術が必要です。拾翠亭の座敷の障子から欄間、そして茶室の小さな明り取りの一つひとつまでこの貼り方で統一されています。

 

こちらは南側の格子窓にある丁子七宝という文様です。丁子(チョウジ)とはスパイスのクローブのことで、チョウジノキの花蕾であるチョウジが、ちょうど丁の字や釘に形が似ているのでこう呼ばれるようです。香りが強いので邪鬼払いに使われたそうで、この丁子七宝の文様もそのような意味があるのではないかと思います。この文様がおしゃれなので、この向こうに広がる景色が一層趣き深く見えますね。

 

 

 

厳島神社

拾翠亭を出て、京都御苑内の道を道なりに右へ曲がると、厳島神社へ行けます。

道なりに100mほど進むと厳島神社の入口です。

 

厳島神社は九條家の鎮守社で、平清盛が母祇園女御のために安芸の厳島神社を勧請したのが起こりと言われます。はじめは兵庫の築島にあったものをここへ移したと伝えられ、厳島三姫命と祇園女御を祀っています。石鳥居は島木、笠木を唐破風形にしているのが珍しく、国の重要美術品に指定されていて、京都三珍鳥居の一つに挙げられています。

厳島神社から池の向こうに拾翠亭を眺めた景色も素晴らしいです。

 

高倉橋

厳島神社から更に道なりに30mほど東へ進むと、高倉橋の前に出ます。

九條邸跡の立て看板があります。

高倉橋の上からも池の向こうに拾翠亭が望めます。

厳島神社も見えました。


拾翠亭の内部は木~土のみ公開ですが、京都御苑は公園なので、その中の九條池の周辺や高倉橋は24時間365日無料で自由に回遊することが出来ます。

京都御苑内は外国人観光客の方も多かったのですが、拾翠亭は私が訪れた時間帯には2~3組ほどで、そもそも参拝料が必要なエリアに入る方は日本人でもかなり少ないので、観光客の多い京都市内にあって、こちらは本当に空いていて静かな時間が過ごせます。公家らしい雅な雰囲気を堪能したい方には是非訪れていただきたいおすすスポットです。

私が訪れた時はまだ咲いていなかったのですが、高倉橋側から拾翠亭を眺めるとサルスベリがあちこちに咲いていて拾翠亭を彩るそうなので、また時期を変えて訪れてみたいと思いました。

 

京都御苑やその周辺については以下でもご紹介しています。

 

www.yomurashamrock.me

www.yomurashamrock.me

 

www.yomurashamrock.me

 

www.yomurashamrock.me