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妙心寺 退蔵院~価値あるものを内に秘めた美しい寺~

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妙心寺は全国3400の寺院を持つ臨済宗妙心寺派大本山にして日本最大級の禅寺です。広大な敷地には46もの塔頭寺院が点在していますが、そのほとんどが非公開です。そんな中、退蔵院は1404年(応永11年)に建立され、一年を通して美しい花々に彩られた華やかさと禅寺の落ち着きを兼ね備えた寺院です。

寺院の名前である「退蔵」とは「価値あるものをしまっておく」という意味があるように、隠匿(人に知られないようにして良い行いをする)を積み重ね、それを前面に打ち出すのではなく、内に秘めながら布教していくという意味があるそうです。

妙心寺を知っている京都人は多いものの、退蔵院というこじんまりとしつつも四季折々の美がぎゅっと詰まった宝石箱のような寺院があることを知っている人はあまり多くないと思います。退蔵院はしだれ桜や秋の紅葉が見事ですが、今回はあえて訪れる人の少ない五月の連休明けを狙って行ってみました。

 

退蔵院の場所

goo.gl

退蔵院の行き方

_京都駅から

  • ■JR山陰(嵯峨野)線(亀岡・福知山方面行き)「花園駅」下車、徒歩約7分
    片道運賃:大人200円・小人100円 ※約15分間隔で運行中
  • ■タクシー 25分
  • ■市バス 26番 御室仁和寺・山越行き「妙心寺北門前」下車、徒歩約5分
    京都駅前発

_三条京阪から

_地下鉄四条駅から

_嵐山方面から

 

今回のスタートはJR嵯峨野線花園駅

f:id:yomurashamroch:20210620203651j:plain改札を出て、丸太町通りを渡り、通り沿いを北東へ

f:id:yomurashamroch:20210620203731j:plain丸太町通りから二股に分かれた道を北へ向かいます。

f:id:yomurashamroch:20210620203800j:plainすぐに妙心寺の参道に出ます。

f:id:yomurashamroch:20210620203835j:plain妙心寺がある辺りの「花園」という地名は、その昔、四季折々の美しい花が咲き誇る花畑があったのでそう呼ばれていました。そこには花園御所と呼ばれる離宮があり、花園上皇の御所としての役割を担っていました。花園上皇が法王となったのち、世の平和を願い離宮を禅寺へと改めました。それが1337年のことで、妙心寺はこの年を開創の年としています。

妙心寺臨済宗妙心寺派大本山で、3400もの寺院を束ねている格式高いお寺です。日本には臨済宗の寺院が6000ほどあるので、その半分以上を占めているということになります。

約10万坪の境内に、七堂伽藍と46の塔頭寺院が立ち並び、多くの重要文化財や史跡・名勝指定の庭園・寺宝が保存されています。

では早速、妙心寺へ入って行きましょう

f:id:yomurashamroch:20210620203917j:plain堂々とした三門です。慶長4年(1599年)建立で、境内で唯一の朱塗りの建物です。三門は仏教修行で悟りに至るために通過しなければならない三つの関門、空・無相・無作の三解脱門を略した呼称です。空は「物事にこだわらない」、無相は「見かけで差別しない」、無作は「欲望のまま求めない」ことだそうです。

京都では南禅寺知恩院の三門が有名でこれらはくぐることが出来ますが、妙心寺の三門は外に柵があってくぐることはできないようです。

さて、三門を眺めてから境内を西に横切ると、退蔵院の山門です。

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f:id:yomurashamroch:20210620204022j:plain見どころがたくさんありそうですね。

f:id:yomurashamroch:20210620204051j:plain受付で拝観料を払います。一般は600円です。

f:id:yomurashamroch:20210620204125j:plain青もみじがさわやかです。突き当りが方丈の大玄関です。

f:id:yomurashamroch:20210620204156j:plain大玄関(国指定・重要文化財)。唐破風造りで非常に珍しいとされている玄関の様式は、破風の曲線が直線になっており、ちょうど袴の腰のようになっていることから「袴腰(はかまこし)造り」と呼ばれています。また、この玄関は江戸初期の富豪・比喜多宋味居士(ひきたそうみこじ)より寄進されたもので、法要儀式その他高貴な方々の出入り以外は使用されませんでした。現在は方丈に入る参拝者は皆、この大玄関を使用しますが…

f:id:yomurashamroch:20210620204257j:plain方丈(本堂)には、同院開祖である無因宗因禅師(妙心寺第三世)が祀られています。応仁の乱後、1597年に再建されました。禅と剣の道には精神的な共通点があり、江戸時代には宮本武蔵もここに居して修行に励んだと言われています。

f:id:yomurashamroch:20210620204330j:plainそして退蔵院の目玉である「瓢鯰図」。この絵は山水画の始祖といわれている如拙が、足利義持の命により心血注いで描き、現存する彼の作品の中で最高傑作と言われています。この絵に描かれた「小さな瓢箪で大きななまずをいかに捕えるか」という禅の公案(修行のための問題)に将軍義持は当時の京都五山の禅僧31人に賛詩を書かせました。高僧達が頭をひねって回答を連ねた様子はまさに壮観です。

「瓢箪でナマズを押さえて、そのナマズで吸い物を作れば良い。だが飯がなければしょうがない、砂でも炊いて飯でも作ろうか」「瓢箪に油を塗って急流に泳ぐナマズを押さえ、あっちから押さえ、こっちから押さえ、押さえきれぬと分かったところで求める心はやむ」「瓢箪がナマズを押さえようとしているが、実はナマズが瓢箪を押さえようとしているのだ。世界とは相対を超え、一体となった関係にある。男もナマズも同じ世界にあるではないか」など、ユニークな答えやうーんと唸ってしまうような珍回答もあるそうです。

f:id:yomurashamroch:20210620204424j:plain元信の庭は、方丈奥のつくばいの横から覗き込むようにして見ることになります。方丈の西にある「鎖の間」から見ると真正面に見えるそうですが、鎖の間が普段は非公開のため、以下のような写真しか撮れませんでした。

f:id:yomurashamroch:20210620204453j:plain退蔵院の公式HPには四季折々の美しい写真が掲載されていますので、是非ご覧ください。

元信の庭は、室町時代の画聖・狩野元信の作品で、絵画的な優美豊艶の趣を失わず、独特の風格を備えている枯山水庭園です。庭の背景には、やぶ椿、松、槇、もっこく、かなめもち 等、常緑樹を主に植え、一年中変わらない美しさ「不変の美」を求めた物と考えられます。
狩野元信が画家としてもっとも円熟した70歳近くの頃の築庭と推測されています。自分の描いた絵をもう一度立体的に表現しなおしたもので、彼の最後の作品が造園であったことで珍しい 作品の一つと数えられています。
昭和6年(1931年)には、国の名勝史跡庭園に指定されました。

さて、方丈南庭の横から順路に従い余香苑へと向かいます。壁沿いに左へ曲がります。

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f:id:yomurashamroch:20210620204659j:plain壁沿いをお地蔵さんの手前まで進み右へ曲がります。

f:id:yomurashamroch:20210620204805j:plain突き当りを右に曲がると中門です。

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f:id:yomurashamroch:20210620204903j:plain欄間に鯰の彫刻が施されているこちらの門から入ります。正面に大きなしだれ桜があります。満開の時はさぞ美しいのだろうなあ、と退蔵院のパンフレットの表紙になったしだれ桜の見事な写真を見て、少し残念に思いました。やっぱり来年は満開の時期に見に来たくなりました。

しだれ桜の両側に陰陽の庭があります。しだれ桜に向かって左側が「陽の庭」、右側が「陰の庭」です。

この庭の砂は黒と白の二色に分かれていますが、それは、物事の二面性を表しています。片方だけではその本質をとらえることはできません。それを端的に表現したのが「陰陽」の概念。中国で生まれたこの概念は、世界は全て相反するがお互いに補完する二つの性質を持つと考えているのです。

しかし仏教には「不二」すなわち「いい」「悪い」などの二元論を嫌う考え方があります。正確には分ける必要があるのか、ということです。物事をひとつの側面から見るのではなく、光があるから影がある、お互いを分けようと思っても分けることはできません。そもそも立場によって評価は変わります。だから全てひっくるめて、あるがままに受け止めなさいと仏教では教えているのです。

f:id:yomurashamroch:20210620205047j:plain陽の庭(白い砂が用いられています)

f:id:yomurashamroch:20210620205126j:plain陰の庭(黒い砂が用いられています)

陰の庭に8つ、陽の庭に7つの合計15に石が配されています。これは、陰を象徴する「8(偶数)」と、陽を象徴する「7(奇数)」に即したもの。8と7を足すと15になりますが、昔から15という数字は「完全を表す数字」だとされてきました。例えば七五三を足すと15になりますし、十五夜もそうですね。この陰陽の庭では15個の石を8と7に分けることで、両方の庭を見ないと15にならにように作られています。

良いところだけを見ても、悪いところだけを見てもダメ。全てをありのままに受け入れることが重要だという仏教の教えが隠されているのです。

f:id:yomurashamroch:20210620205158j:plain陰陽の庭を過ぎると、かやぶき屋根の東屋があり、早くも紫陽花が活けられていました。

f:id:yomurashamroch:20210620205229j:plain水琴窟。つくばいの下深く底を穿った瓶を伏せ込み、手水に使われたつくばいの水が瓶に反響して妙なる琴の音のように聞こえます。水琴の残響に耳を傾けた古人のわびさびの風情が味わえます。今でこそ各地にある水琴窟ですが、その発祥は京都。とある庭師さんがつくばいで手を洗うだけでは面白くないということで考案されたそうです。このエピソードが禅の教えにつながります。禅宗には「手元にあるものを活かしなさい」という教えがあります。つくばいは手を洗うための鉢ですが、手を洗った水を水琴窟に通せば、綺麗な音で楽しませてくれる、無駄なものなど何一つありません。

f:id:yomurashamroch:20210620205308j:plain水がチョロチョロ流れる音の奥にかすかなカラン、コロンという涼し気な金属音が聞こえて来ます。

 

f:id:yomurashamroch:20210620205335j:plain水琴窟を通りすぎ、突き当りを左へ曲がります。右へ曲がるとお茶席ですが、今は休業中です。

f:id:yomurashamroch:20210620205445j:plain余香苑に出ました。藤棚の下が、庭園全体を正面から見える場所になります。そんなに大きな庭園ではありませんが、全体をなだらかな勾配にして、手前が低く奥をだんだんと高くしています。まわりを木で囲み、手前の木は低く、奥は大きく丸く刈るなどの工夫で、実際よりも奥行があるように見せています。藤棚の下で正面から見るのと、池に来るまでに余香苑を上から見るのとではずいぶん違います。これもまた物事の多面性を表現していると言ってもいいかもしれません。

余香苑は、島根県足立美術館ボストン美術館の日本庭園などを手掛けた「昭和の小堀遠州」とも称される造園家・中根金作氏の設計によるもので、昭和38(1963)年に着工し、3年の月日を費やして完成しました。

伝統的な造園手法を基盤とした厳しさの中にも優雅さを含み、京都はもとより全国でも有数の昭和の名園と言えます。一年を通して、紅しだれ桜や藤、サツキ、蓮、金木犀、楓などが庭園を彩ります。これは禅寺の庭としては異例です。元信の庭とは対照的な、季節ごとに姿を変える演出は、これはこれで世の無常を表すようで趣があります。庭園の中心には、瓢鯰図にちなみひょうたん池が配されています。

私が訪れた日は、ゴールデンウイークも過ぎた平日の午前中だったため、訪問者は私一人でした。庭園を眺めていると、池の水の流れる音と時折聞こえる鳥の声だけに包まれ、日常とは全く切り離された異空間にいるような不思議な感覚になりました。

 

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f:id:yomurashamroch:20210620205553j:plain帰り道、再度受付横を通りかかると「石遊び ご自由に『私の石庭』を製作してスマホに残してお楽しみください」というコーナーが。元信の庭や陰陽の庭にインスパイアされた方が作られたのでしょうか?

元信の庭の白川砂を洗った後の細かくなった砂をこの「私の庭」用に再利用されているそうです。これも「手元にあるものを活かす」禅の心なのでしょうね。

f:id:yomurashamroch:20210620205628j:plain退蔵院では、瓢鮎図へのヒントとして二代前の元住職が瓢箪形をした余香苑の池の中にナマズを入れることでその答えとされました。ナマズは夜行性なので昼間は池の底にいてその姿を見ることは難しいそうですが…

多くの人は外へ外へと答えを求めるものですが、実は答えはもう自分の中、自分の内にすでのあるのではないか、ということを示唆してるのです。

退蔵とは「価値あるものを内に秘める」ことですが、禅の心もそのように自分の内にある大切なものをあるがままに見つめ確かめることである、と退蔵院全体が教えてくれているのではないか、と感じました。

駅から徒歩10分足らずの市街地の中にありながら、四季折々の花々の美しさの中に禅の心を垣間見せてくれる小宇宙を是非堪能してみてください。