京都おすすめ散歩道

定番から穴場まで京都のお散歩コースを地元民の視点からご紹介

東福寺① ~圧倒的な壮観を誇る東福寺の伽藍面

東福寺京都五山の第四位に列せられ、25もの塔頭寺院を抱える、京都でも最大規模の伽藍を有する由緒正しき大寺院です。

紅葉で有名な通天橋や数多くの国宝や重要文化財を所蔵し、特に秋の紅葉シーズンは観光客の多さで有名なのですが、青紅葉のこの時期は比較的人も少なく参拝しやすいと思い訪ねてみました。

 

 

東福寺の場所

goo.gl

 

東福寺の行き方

電車で

 ・阪急京都線

   「京都河原町駅」で京阪電車に乗り換え後、京阪本線東福寺駅」下車

   徒歩約10分

 ・JR,京都市営地下鉄

  各線「京都駅」でJR奈良線に乗り換え後、「東福寺駅」下車、徒歩約10分

 ・京阪戦車で

  京阪本線東福寺駅」下車後、徒歩約10分

 

バスで

 ・京都駅から

   市バス 88、208系統に乗車、「東福寺」下車

 ・四条河原町から

   市バス207系統に乗車、「東福寺」下車

 ・東山三条から

   市バス202系統に乗車、「東福寺」下車

 ・祇園から

   市バス202、207系統に乗車、「東福寺」下車

 ・平安神宮、岡崎から

   市バス100、110系統に乗車後、「東山七条」で88、202、207、208系統に乗り換え、「東福寺」下車

 

道順は前回ご紹介した勝林寺と途中まで同じですので、一部再掲します。

www.yomurashamrock.me

 

今回のスタートはJR東福寺駅です。

JR東福寺駅には二階にある「改札口」と一階にある「乗り換え口」があります。東福寺や勝林寺へ行かれる場合は、駅に着いたら、必ずホームを宇治・奈良方面の端の方まで歩いて二階へ上がりましょう。

 

改札口から出て、左手へ向かいます。

案内板にも「東福寺徒歩10分」と書いてありますね。

 

東福寺 通天橋方面」と書かれた案内板に従って連絡通路を進みます。

 

階段を降りると、京阪電車東福寺駅東改札に出ます。

 

京阪東福寺駅の改札口の前の道を東(右手)へ進みます。

 

突き当りを南(右)へ進みます。

 

駅前の飲食店などが立ち並ぶ道を南へ進みます。写真奥に見える高架もくぐって更に南へ進みます。(高架の辺りに、東福寺へは左手へ進むという案内表示もありますが、今回はまっすぐ南へ進みます)

 

高架をくぐって、更に80mほど南へ進みます。

 

左手に東福寺交番が見えました。

 

交番の手前を東(左)へ曲がります。

 

東福寺北大門です。こちらから入って行きます。

 

80mほど東へ進むと、右手に退耕庵があります。

 

さらに東へ向かい、突き当りを南(右)へ曲がります。

 

またすぐ突き当たるので、東(左)へ曲がります。

 

東へ曲がったところです。この道をそのまま東へ50mほど進みます。

 

 

右手に「大本山東福寺 名勝通天橋」の石碑があります。こちらの道を南(右)へ入ります。

左手には善慧院、右手は五大堂同聚院などの塔頭寺院が立ち並んでいます。

 

同聚院とユキサンの白バラ

同聚院の門前には白いバラが沢山植えられ、甘い香りが漂っていました。

 

東福寺の寺地一帯は、平安時代中期に藤原忠平が法性寺を建立した所で、寛弘3年(1006)には藤原道長が仏師定朝の父康尚に作らせた不動明王を中心とする五大明王を祀った五大堂を建立しました。しかし、後に兵火によって不動明王を残して五大堂は焼失しました。その後、嘉禎2年(1236)に九条道家は衰微した法性寺に代わって東福寺を建立し、不動明王東福寺の所有となり、弘安3年(1280)に東福寺開山の聖一国師によって五大堂は再建され、不動明王が祀られました。五大堂は、文安元年(1444)に東福寺塔頭・同聚院が建立されるとその本堂とされました。

本尊の不動明王坐像は重要文化財で像高は2m65㎝の一木造、木造不動明王坐像としては日本一の大きさだそうです。

 

さて、この不動明王を祀る寺院と白バラの取り合わせが珍しいな…と思って調べてみると、明治期に活躍した女性にちなむことがわかりました。

女性が国際社会に進出し始めた明治時代、世界に日本女性の存在を知らしめた一人に「モルガンお雪」(加藤ゆき:1881年8月7日~1963年5月18日)がいました。彼女は世界三大財閥であるモルガン一族に嫁ぎ、日本のシンデレラとして日本に限らず世界中の話題を集めた祇園の芸妓でした。晩年、亡くなった夫を追ってカトリックに改宗しましたが、親族の希望で同聚院に分骨され現在もこちらで供養されています。

 

そしてお雪の三回忌にパリ市から京都市へ白バラの献花が行われました。それは世界屈指のフランスのバラの名門であるメイアン氏がお雪を慕って開発した新種のバラで、その名も「ユキサン」。それが、この白いバラだったのです。

写真:同聚院公式サイトより

社交界デビューしたお雪は、フランス滞在時には最新のモードを身に着けていたそうです。本当に美人ですね。そして白バラ「ユキサン」も、お雪のように高貴な香りと上品な美しさにあふれていました。

 

同聚院を後にして、更に南へ80mほど進みます。

 

臥雲橋

東福寺の境内には洗玉澗(せんぎょくかん)という渓谷があり、西から東へ臥雲橋、通天橋、偃月橋という三本の橋(東福寺三名橋)が架かっています。

臥雲橋は境内というより境内と公道の間にある感じですが、屋根付きの純木橋で、京都府指定の重要文化財となっています。橋上から、洗玉澗越しに通天橋が見られます。

通天橋は拝観料が必要ですが、臥雲橋は無料なんですね~(笑)東福寺の紅葉と言えば、通天橋からの眺めが最も有名ですが、その通天橋と紅葉を見るだけなら、この臥雲橋からでも見ることが出来ます。

 

東福寺とは

臨済宗東福寺派大本山山号は慧日山。摂政九条道家が、当時奈良で最大の寺院東大寺と、奈良でも最も盛大を極めてた興福寺になぞらえ「東」と「福」の字を取り、京都最大の大伽藍を造営したのが東福寺です。円爾(えんに);聖一国師(しょういちこくし)を開山として鎌倉時代の嘉禎2年(1236)から19年の歳月をかけて七堂伽藍が完成しました。京都五山の第四位に列せられ、「東福寺の伽藍面(がらんづら)」とまで言われ壮観を極めましたが、度重なる兵火や火災で仏殿、法堂、庫裏などを焼失したものの、以後逐次再建されてきました。

禅宗伽藍を代表する室町最古の三門(国宝)をはじめ、浴室、東司(便所)禅堂(いずれも重文)など室町時代の禅僧の生活を知る上で貴重な建築が多数残っています。

通天橋は京都でも一、二の紅葉の名所で、方丈の四方の周囲に枯山水の庭園を巡らせたものはこの庭園のみで、平成26年(2014)国の名勝に指定されるなど、見どころ満載の大寺院です。

東福寺の境内にある一つ一つの伽藍がスケールが大きく、また25もの塔頭寺院も軒を連ね、まさに「伽藍面」と呼ばれるのも頷けますね。

ちなみに「〇〇面」というのは京都にある禅宗寺院のそれぞれの特色を言い表した、いわば「あだ名」のようなものでしょうか。他にも「建仁寺の学問面:詩文・芸術に秀でた学僧を多数輩出」「大徳寺の茶面:茶の湯に縁が深い」「南禅寺武家面:徳川家康など武家の篤い信仰」「妙心寺の算盤面:臨済宗最大の巨大教団を形成」などなど…

 

さて、臥雲橋を渡り80mほど進むと、日下門に出ます。

さりげなく建っていますが、こちらも京都府指定有形文化財です。

 

本堂

本堂は仏殿兼法堂です。明治14年(1881)に仏殿と法堂が焼けた後、1917年から再建工事にかかり、1934年に完成しました。入母屋造、裳階付き、高さ22.5m、間口41.4mの大規模な堂宇で、昭和期の木造建築としては最大級のものです。大きすぎて、うまく写真に収まりません😢

こちらが正面でしょうか。別の角度から撮影しましたが、やっぱりうまく収まらない😢

本尊の釈迦三尊像明治14年の火災後に塔頭万寿寺から移されたもので、鎌倉時代の作です。通常、本堂内は非公開ですが、春の涅槃会の際には公開されるようです。

 

三門

応永32年(1425)に足利義持が再建し、現存する禅寺の三門としては日本最古で最大のもので、高さ22mの威風堂々とした佇まいの国宝です。上層に釈迦如来十六羅漢を安置する折衷様の五間三戸二重門(五間三戸とは、正面の柱間が5つ、うち中央3間が通路になっているという意味。二重門は二階建ての門だが、楼門と違い、一階と二階の境目にも軒の出を作るものをいう)。三門も本当に大きくて、下から見上げると首が痛くなりそうです。三門も通常は非公開です。

 

別角度から撮影。前を歩く人との対比で、大きさが伝わるでしょうか?

他の寺院では通常「山門」と書きますが、東福寺では「三門」と書きます。これは涅槃(悟り)に至る際に通貨しなければならない「空」、「無相」、「無作」の三つの境地(関門)を象徴した三解脱門の意味が込められているとされ、京都では他に南禅寺妙心寺大徳寺などでも「三門」と呼ばれています。

 

今回の散歩に同行してくれた友人が話していたのですが、これだけ大きな建造物がクレーンも何も無い昔に建てられたなんて、宗教心、恐るべし…と。特に日本は奴隷制度なども無かったので(六道の辻など葬送の地で特定の職種に就いていた被差別民はいたようですが)、余計にその宗教心に感服します。

 

禅堂 東司 浴室

時間の関係で今回は写真を撮りませんでしたが、禅堂、東司、浴室なども重要文化財です。

禅堂(写真;公式サイトより)は、1347年再建の国内最古最大、中世から遺る唯一の坐禅道場です。

 

東司(写真:公式サイトより)

通称百雪隠(ひゃくせっちん)すなわち便所です。禅僧は用便も修行であり、東司に行くにも厳しい作法が定められていたそうです。国内最古、室町前期の遺構です。

 

浴室(写真:公式サイトより)

国内最大、東大寺湯屋に次いで古い浴室で、蒸し風呂形式だそうです。

 

ようやくコロナ禍による制限が無くなったこともあると思いますが、東福寺では10数人前後の団体さんが記念撮影されているのに何度も出逢いました。添乗員などの姿が見られず、どういう人たちなのかな?と思っていたところ、境内まで車やタクシーがどんどん入ってくる様子でピンときました。東福寺は多くの塔頭寺院を抱え、それぞれに檀家さんがおられます。制限が無くなったこともあり、法要で東福寺を訪ねておられるのでしょう。団体さんの年齢層が年配の方から子どもまで様々なのも頷けます。新緑のまぶしいこの時期に久しぶりに親族で集った団体さんは、みなさんとても晴れやかな笑顔で記念撮影されていた姿がとても印象的でした。

 

東福寺はJRで京都駅から一駅とアクセスも良く、駅からの距離もほどよいので、お散歩に最適なスポットと言えます。紅葉の時期の混雑は覚悟が必要ですが、そのほかの時期ならそれほどでも無く、次回ご紹介する庭園も四季折々の美しさがありますので、機会があれば是非足をお運びください。