北野天満宮は、菅原道真公をご祭神としておまつりする全国約1万2000社の天満宮、天神社の総本社です。天神信仰の発祥の地であり、京都では親しみをこめて「北野の天神さん」「北野さん」と呼ばれています。
言わずと知れた学業の神様で、京都のみならず全国から学業成就を願う参拝者が絶えません。境内はご祭神の道真公が愛したと言われる梅にちなみ、梅の木約50種1500本が2万坪の敷地に咲き誇ります。境内の梅苑は1月末から3月中旬まで公開されるので、今回は梅を見に北野さんへお参りしてきました。
北野天満宮の場所
北野天満宮の行き方
電車で
バスで
・JR京都駅より市バス50、101系統
・JR円町駅より203系統
・地下鉄今出川駅より市バス51、102,203系統
・京阪出町柳駅より市バス102,203系統
・京阪三条駅より市バス10系統
・阪急大宮駅より市バス203系統
・阪急西院駅より市バス203系統
いずれも「北野天満宮前」下車すぐ
駅を出て左(北)へ向かいます。
写真右手に見えているのが北野白梅町の交差点です。まず目の前の今出川通の信号を北へ渡り、次に西大路通の信号を東へ渡り、今出川通を東へ進みます。
西大路通を東に渡り今出川通を東に向かって450mほど歩きます。
今出川通に面して建つ一の鳥居です。高さ11.4mの堂々とした大鳥居です。
木曽の花崗岩の一本柱で、大正10年(1912)10月に建立されたそうです。
北野天満宮とは
北野天満宮は天暦元年(947)に創建されました。平安時代に学者・政治家として活躍した菅原道真公を御祭神としています。
菅原道真は昌泰4年(901)、都で右大臣を務めていましたが、政敵の藤原時平からの中傷により、都から左遷され、その二年後に大宰府で命を落としました。その後、都では落雷などの災害が相次ぎ、これを無念の死を遂げた道真の怨念の仕業と考え、その怨霊を鎮め、都を守護する社として北野天満宮が創建されたのです。のちに「天神さま」と崇められ、学問、至誠、芸能、厄除けの神さまとして、人々の信仰を集めています。特に学問の神さまとしての信仰が厚く、多くの受験生らが全国から参拝に訪れます。
国宝である本殿は豊臣秀頼が造営したもので、八棟造と称される豪華絢爛な桃山建築です。道真公のご命日である毎月25日の「天神市(てんじんさん)」の縁日では、宝物の特別公開が行われ、境内では多くの露店が立ち並んでにぎわいを見せます。現在放映中の朝ドラ「カムカムエヴリバディ」でも3人目のヒロインひなたが天神さんの縁日に訪れていましたね。
また、梅や紅葉の名所としても有名です。
では、さっそく中へ入って行きましょう。
一の鳥居をくぐって参道を歩きます。
撫で牛
境内を歩くと、あちこちで牛の像が見られます。参道の初めの方で見かけたこの牛は目が大きくて愛らしい顔つきですね!
牛は天満宮では神のお使いとされています。それにははいくつか説があります。「道真公の生まれたのが丑年である」「亡くなったのが丑の月の丑の日である」また「道真公が牛に乗り大宰府へ下った」とか、「道真公のご遺体を運んでいた牛が哀しみから途中で動かなくなった」などです。最後の説から、北野天満宮の牛の像はほとんどが臥牛(座り込んだ牛)の姿で鎮座されています。
この臥牛は「撫で牛」と呼ばれます。お参りする人が、自分の体の悪い部分を撫でてから、牛の体の同じ部分を撫でると、牛が悪い箇所を直してくれるとか、頭を撫でると学業成就などのご利益がある、などと言われています。
先ほどの撫で牛にも「合格しました。ありがとうございました。」というメッセージが供えられていました。撫で牛のご利益があったんですね~。
楼門
楼門の上部に掛けられた額には「文道太祖 風月本主(ぶんどうのたいそ ふうげつのほんしゅ)」という文言が刻まれています。平安時代中期の学者 義滋保胤(よししげのやすたね)、大江匡衡(おおえのまさひら)が道真公を讃えた言葉です。「文道太祖」とは学問・文学の祖、「風月本主」は漢詩・和歌に長じた人という意味です。道真公がまさに学問の神さまと呼ばれる所以ですね。
楼門上部の「文道太祖 風月本主」の額
花手水
楼門をくぐり、すぐ右手にあるのが手水舎です。ネットの情報で「北野天満宮の花手水は京都一の大きさではないでしょうか」という記述も見られるほど豪華な花手水です。
他の寺社のものと比べると、普通サイズの2倍くらいある手水鉢に、毎回テーマに沿ってお花が盛り込まれるアート感あふれる花手水が特徴です。
私が訪れた時は、花開き始めたチューリップや蝋梅、ハート型を描いた枝「サンゴミズキ」など色とりどりの花々で、春の訪れを感じる華やかな花手水でした。
花手水情報は、公式サイトではあまり公開されていませんが、公式Twitterのアカウント「北野天満宮 北野文化研究所」から、花手水のお花の解説がされていたり、公式Instagramで今週の花手水が配信されていますので、こちらもチェックしてみてください。
境内に咲き誇る梅
手水舎のすぐ横にあるのが、大きな臥牛像です。ちょうど満開の梅の花に囲まれて、心なしか嬉しそうに見える立派な牛の像に、参拝者も笑顔をほころばせ、順に写真を撮っていました。
先ほどの臥牛像の横の梅の木です。大きく広げた枝ぶりに北野天満宮の歴史を感じます。
紅梅の色も鮮やかです。
多くの神社では、参道の正面に本殿がそびえたつというのが普通だと思いますが、北野天満宮では、先ほどの臥牛像と紅梅の間の参道をまっすぐ奥へ向かうと本殿ではなく摂社の地主社があります。これは、もともとこの地には地主神社があり、のちに菅原道真公をおまつりする社殿を建てたという歴史的な理由から、本殿は地主社の正面を避けて建てられたそうです。(「筋違いの本殿」と呼ばれています)
本殿へ向かうため、楼門正面の参道から左(西)へ曲がり突き当りを北(写真右)へ進みます。写真の左手奥に梅苑の入口が見えていますが、まずは本殿を参拝します。
先ほどの写真の道を右手へ曲がったところです。正面に三光門が見えています。
参道の撫で牛にも色々な石の色があり、それぞれに可愛らしいよだれかけがかかっています。感染予防のため、抗ウイルス、抗菌加工してあるそうです。
三光門
本殿前の中門は三光門と呼ばれ、国の重要文化財に指定されている桃山時代の建築様式の豪華絢爛な美しさです。この三光門には「星欠けの三光門」伝説があります。門の名である「三光」は日・月・星の彫刻に由来しているものの、星は天上に輝く北極星のことで、実際には星は刻まれていません。平安時代、御所の場所は現在よりも西にあり、北野天満宮を北西に臨む千本丸太町に位置し、帝が当宮に向かってお祈りされる際、三光門の真上の北極星が輝いていたからだと伝えられているそうです。
社殿
総面積約500坪の壮大な檜皮葺屋根を戴く社殿は、菅原道真公をおまつりする本殿と拝殿が石の間という石畳の廊下でつながり、本殿の西には脇殿を、拝殿の両脇には楽の間を備えた複雑な構造で、八棟造、権現造と称され、神社建築の歴史を伝える貴重な遺構として国宝に指定されています。
写真に写っているのは拝殿で、この奥にご本尊を安置する本殿があります。
菅原道真と梅
道真公は梅をこよなく愛し、大宰府左遷の際に、庭の梅に「東風吹かばにほいおこせよ梅の花 主なしとて春を忘るな」という和歌を詠んだと言われています。その梅が道真公を慕って一晩のうちに大宰府に飛来したという飛梅伝説があり、拝殿前のこの梅の木は「御神木の紅梅」、各地の飛梅伝説の原木と言われています。
この梅は遅咲きなので、咲くのはもう少し先のようですね。また、このような伝説から
梅が神文となり、御神木の右手に提げられた提灯にも「星梅鉢紋」が見えます。
拝殿でお参りをした後、左手へ向かいます。
拝殿左横から出ると、絵馬を書くテントが立てられていました。こちらで絵馬を書き、写真奥にある赤い鳥居の左にある絵馬掛け所で絵馬を掛けます。
赤い鳥居の左側が絵馬掛け所です。
ぎっしり絵馬が掛かっていますが、その奥にも同じような絵馬掛け所が更に3~4か所あります。ものすごい数の絵馬です。それだけ多くの人々の思いが北野さんに届けられているのですね。
牛社「一願成就のお牛さん」
絵馬掛け所の横の鳥居の奥にも、かなり年季の入った撫で牛を発見。こちらは境内にある撫で牛のなかで最も古いものだそうです。「一願成就のお牛さん」とも呼ばれ、撫でると一つだけ願いがかなうと言われています。
梅苑
お参りを終え、また楼門の横に戻ってきました。こちらの受付から梅苑に入って行きます。入苑料は大人1000円です。(茶菓子付き)
庭園
まず、入って右手の庭園へ向かいます。紅白の梅と紫と白の垂れ幕が華やかです。
石の鳥居と紅梅のコントラスト
庭園の奥の白梅と青空と本殿の競演です。
庭園の梅はまだ3分咲きというところでした。
次に梅苑「花の庭」へ向かいます。
庭園の南側に花の庭へ向かう通路があります。
花の庭には茶店があり、上七軒の和菓子店 老松による茶菓接待が行われています。
梅苑の入苑料を払った時に受け取る茶菓は麩菓子のようなものです。お茶は茶店でほうじ茶をいただけます。
花の庭
「花の庭」は、京都洛中の名庭『雪月花の三庭苑』のひとつとして、今年新に再興されました。
江戸時代、京には三つの成就院があり、歌人・連歌師・俳諧の祖として讃えられた松永貞徳(1571~1653)により作庭されたと伝わる「雪月花の三庭苑」と呼ばれました。寺町二条の妙満寺(現在は左京区岩倉)の「雪の庭」、清水寺の「月の庭」、そして北野天満宮の「花の庭」、それぞれが成就院(成就坊)という塔頭に造られた庭として、その名を馳せました。
花の庭は北野成就院に作られたとされ、明治期に成就院の廃寺とともに失われてしまいました。北野天満宮が残された庭石を活用するなどして境内の梅苑に新たな庭を整備したそうです。
梅苑の梅は早咲きの梅がちらほら…という感じでした。
梅苑の西側に、苑内を一望できる特設舞台があります。
特設舞台に上がってみましたが、梅苑での梅の咲き具合はまだ1~2分咲きといったところでした。
写真:パンフレット令和再興「雪月花の三庭苑」より
花の庭の梅が満開だと、こんな感じになるようです。先ほどの特設舞台から見たら、一面の梅が見渡せるのでしょうか。
今年の梅苑公開は3月下旬まで、2月25日(金)は梅花祭が、2月25日から3月13日(日)まではライトアップも行われる予定です。梅花祭や梅苑の公開が毎年行われることは私も知っていたのですが、ちょっと早すぎたようです。機会があれば満開の時期に訪れてみたいと思います。
梅苑公開やライトアップの詳細は北野天満宮の公式サイトでご確認ください。
北野天満宮は梅の時期だけでなく、桜も大変美しく、また初夏の青紅葉、秋の紅葉と一年を通して四季の美しさが楽しめます。国宝の社殿を始め、重要文化財も多数あり、また、毎月25日の「天神市」では骨董品や古着、手作りアイテムなどの露店が並び、また宝物殿では国宝「北野天神縁起絵巻」など皇室をはじめ公家や武家より奉納された宝物も公開され、更に天神市の日没後にはご本殿などのライトアップも実施されます。
学問の神さまとして学業成就の祈願だけでなく、見どころ満載の北野天満宮にぜひ足をお運びください。